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京都祇園メイクのコラム
京都 祇園コンパニオン派遣メイクのコラム vol.64
こんにちは。京都 祇園コンパニオン派遣メイクです。
メイク事務所のご近所には有名な八坂神社があり、これまで何度も足を運んできました。
ひょんなことから、この神社がなぜ「八坂神社」と言われるようになったのか知りました。
それが興味深い内容だったので、みまさんにご紹介したいと思います。
以前、祇園の地名の由来についてご紹介しましたが、今回は“祇園さん”として親しまれている八坂神社についてお伝えいたします。
●八坂神社の歴史
八坂神社は素戔鳴尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)、八柱御子神(ヤハシラノミコカミ) が祀られています。
古事記や日本書紀でも伝えられ、日本神話で知られている素戔鳴尊(スサノオノミコト)ってどこかで聞いたことないですか?
この素戔鳴尊は大蛇である八俣大蛇(ヤマタノオロチ)を退治し、櫛稲田姫命を救って地上に幸いをもたらした偉大な神様と伝えられています。
八坂神社の創建は諸説あるようですが、平安京建都の約1500年前、656年の頃と言われています。
のちに“神仏習合(しんぶつしゅうごう)思想”により素戔鳴尊は祇園精舎の守護神の牛頭天王(ごずてんのう)と一体視されました。
いろいろ聞き慣れない言葉が出てきましたね。順番にご説明しますね。
この 「神仏習合」とは朝鮮半島から伝わった仏教信仰と、日本古来から信仰されてきた神道(自然崇拝を中心にした民族宗教)、このふたつの宗教をひとつに合わせたことをいいます。それを 神仏習合思想と呼ばれています。
「牛頭天王」とは神仏習合の神といわれ、お釈迦さまの生誕地(インド国境に近いネパール)に因む祇園精舎の守護神とされています。
こういった経緯から八坂神社はながらく「祇園社」、「祇園感神院」などと呼ばれるようになりました。
都の発展とともに八坂神社は日本各地から広く崇敬を集め、現在も約3,000の分社が全国にあり、祇園祭りに習った祭事も行われています。
●祇園社から八坂神社へ
では、なぜ祇園社が八坂神社という名前に変ったのでしょうか。
明治の時代となり新政府により神仏分離が行われるようになりました。
「祇園」という言葉が仏教に因んだものであると新政府に指摘され、改名するようにお達しがきました。そこで、その場所の地名「八坂」からとって、「八坂神社」と改名したとのことです。
余談ですが、有名な「祇園祭」ですが明治までは「祇園御霊会」とつけられていました。
「祇園祭」という名前は明治の神仏分離になってからのようです。
いかがでしたか?
ちょっと、耳慣れない言葉が多数出てきて、読みにくくてごめんなさい。
歴史ある土地である京都にはこんな風に調べていくと「なるほど…そうだったのか」といったことが、数多くあるようですね。
これからも“にわか勉強”していきたいと思いますので、よろしくお付き合いくださいね。
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